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 教会から帰る頃、日はすでに落ちかけていた。鮮やかなオレンジ色に、群青が滲み出した空の下を、ガイヤとティファは歩いていた。
「明日には出発でしたよね。買い忘れのものがあれば、いまのうちに買っておきますか。」
あれやこれやと思い出しながら、道中を行く。不思議な鳴き声の虫たちが、切なくなるような響きを奏でていた。
ランタンに傷薬。研ぎ石に携帯食料。旅をするのに欠かせないアイテムは多いが、物を出来るだけ持たないことも大切だ。そうでなくても、二人の旅に持ち物は多い。
「明日ばたばたするのは嫌だしな。えーと・・・」 
 ガイヤはそこで、足を止めた。
「どうしました? ガイヤさん。」
「いや、なんでもない。行こう。」
早足で再び、歩き出す。空気のささやかな違和感に、ティファも気付いた。
空気に混じる高い魔力。一般に人が持つ魔力とは違う、鋭利な印象だ。見るとたしかに、町人とも旅人ともとりがたい人々が紛れていた。
「・・・軍か、そうでなくてもアールミスト本国のエリートか。なんか物々しい感じだな。」
ティファにしか聞こえないような小声で、ガイヤは視線を前にしたまま言った。
この街は、アールミスト連合国が治めている地域内である。しかし、アールミスト連合国からは、あまりに離れた場所にあることも事実だ。良くも悪くも田舎の、特色の少ない街でしかない。
軍やエリート魔術師が、わざわざやってくるような場所ではない。
「せいぜい、巻き込まれないように気をつけましょうね。」
ティファは、どこか含みを感じさせる言い方でそう口にした。
「・・・何故だろう。忠告のような響きがあるな。」
「あはは、まさか。」

笑顔のティファ。その表情が、少しだけ怖い。
「・・・まさか、ここまでの道中でのあなたのトラブルメーカーっぷり、忘れたわけではないですよね?」
そもそも前述の『盗賊疑惑事件』も、ガイヤが空気を読まずしつこく食い下がったことから発展した。これまでの旅路での目立ったトラブルの七割は、彼が自ら地雷を踏んだものだったと記憶している。
「はいはい。せいぜい気をつけるさ。・・・・・・お!」
ガイヤは、そこでまた立ち止まった。上空を仰ぎ、目を見開く。
「今度は何です・・・? うわっ!」
オレンジの空を、黒いシルエットに切り取る。街並から西日を奪い去るそれは、飛空艇だ。
「すっげー! あれが飛空挺か!」
「まさか、こんなとこで見られるとは思いませんでしたね。あんなものが空を飛ぶなんて・・・」
人目も気にせず盛り上がるガイヤと、信じられないという風に息を呑むティファ。
飛空挺はゆっくりと、上空を横切っていく。その時。
「・・・・・・声?」
唐突に、ガイヤがつぶやいた。
「何がです?」
怪訝そうなティファに、ガイヤも首をかしげた。
「今、声が聞こえなかった?」
「いえ、特には何も・・・」
ゆるやかな夕暮れ、解けてゆくオレンジ色。そして、
「・・・呼ぶ声が聞こえる。」
ガイヤは走り出した。慌てて、ティファがそれに続く。
「どこに行くんですか!」
相棒の声は、今のガイヤには届かない。
雑踏を抜け、人気の無い丘をただ登った。確実に、飛空挺が大きくなっている。
全速力に息一つ切らさないガイヤに、そろそろ限界のティファは再度呼びかけた。
「いったい何のつもりですか! だいたい声って・・・」
「人だ!」
叫ぶガイヤ、その視線の先には、
「人・・・っ!?」
そこではじめて、ティファは『人』の姿を確認した。かろうじて人と識別できる高度から、恐ろしいスピードで落下している。もちろん、ガイヤはこれを野次馬するためにここまで走ってくるような人間ではない。徐々に地面に近づくそれは少女だった。ガイヤやティファと同い年くらいだろうか、どこか異国風の服装が見える。
ティファが魔力を集めるより早く、まさに大地に接吻する間一髪で、ガイヤはその少女を抱えた。受身を取りながら二、三度地面を転がり、静止する。
「ガイヤさん!」
ティファの声に、ガイヤは半身を起こす。
「大丈夫、無事みたい。」
人事のようにそう言うと、ほっと胸を撫で下ろした。
空を見上げると、オレンジが徐々に群青に領域を奪われていくところだった。

少女は、すぐに意識を取り戻した。うめき声を上げ、薄く目を開く。
ガイヤとティファは去る足を止め、心配そうに少女を見た。飛空挺から落ちたのだ、すぐに誰か来そうなものだが、いまだ人影は無い。
少女はゆるやかに、意識を覚醒させていった。
「ここは・・・」
掠れた声でつぶやいた。まだ意識ははっきりとしていなさそうだ。
「・・・大丈夫、ですか?」
ゆっくりと、ティファが訊いた。こくり、と少女は頷く。
「ここは、どこ?」
「スフィアという街です。あなたは、飛空挺から落ちたんですよ。」
「す、ふぃあ。スフィ、ア?」
少女には聞きなれない言葉だったらしい。反芻するように、数回呟く。やがて、大きな青い瞳で二人を見つめ返した。
「助けてくれてありがとう。私、城に帰らなくちゃ」
城、という言葉に、ガイヤもティファも目を見開いた。
アールミスト連合国に、城は無い。絶対王政は早くに廃止となり、今では三権分立が成立しているこの国だ。城と呼ばれる王政の象徴は、とうに壊されている。
「ここからだと城はどっちの方向かしら。私、すぐに戻らないと・・・」
「・・・まさか。」
ティファの顔色が曇る。何かに気付いて、ガイヤがティファを見た。
「わかった。絶対王政があった時代の本国からきたってのはどうだ?」
「なんでそうなるんですか!?」
ガイヤの突拍子も無い着地点に、ティファは頭を抱えた。
「タイムスリップなんて魔法でもありえません。それに、未だに王政の国なんて、海を越えればいくらでもあるんですから。」
「そ、そうなのか・・・」
「そう、・・・例えばハーティリア大国。」

ハーティリア大国。本国アールミスト連合国とは、古来から犬猿の仲の国だ。
和平条約があり戦争にはなっていないものの、今も静かな冷戦が続いている。
今まできょとんとした表情で話を聞いていた少女の体が、ぴたりと固まった。
「まさかここは、アールミスト連合国・・・!?」
ばっ、とティファの手を振り払い、少女は一歩後ずさった。その表情は、怯えていた。
「・・・どうした? お前」
驚いた表情のガイヤに、少女は首を横に振った。
「来ないで! ・・・アールミストの人間なんて信用できない!」
「あなたは、ハーティリアから来たんですね。」
静かに口にするティファ。しかし、何故アールミスト連合国の飛空挺から、彼女が落ちてきたのか。
冷戦中だからこそ、お互いは関わりを持たずにいたはずなのに。
「んなこと言ったって、ここはアールミストだぜ。お前これからどうするつもり・・・」
「・・・知らない。来ないで、お願いだから。」
日は西へ沈み、月が明るく地を照らしている。少女の顔はますます白く映り、怯えた青い目は少し潤んでいる。
「・・・姉さま。お姉さまを殺したのは、アールミスト・・・?」
混乱する記憶。早口でそう呟き、首を振る。どうして、どうして? 駆け下りるように思い出す。どうして自分がここにいるのか。どうして、
「しっかりしろ! とりあえず、落ち着け!」
少女の白い腕を掴み、ガイヤが怒鳴っていた。少女は目を見開く。

月明かりの下、二つの足音が近づいていた。




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